大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和59年(ネ)2396号 判決 1985年12月18日

控訴人

京都府

右代表者知事

林田悠紀夫

右訴訟代理人弁護士

香山仙太郎

右指定代理人

廣啓司

室田隆雄

中野饒

被控訴人

梅田和宏

右訴訟代理人弁護士

村井豊明

稲村五男

宮本平一

荒川英幸

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。<加除訂正略>。

(控訴人の主張)

1  刑事訴訟法二一三条は、現行犯人の逮捕について「現行犯人は、何人でも逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。」と規定して、現行犯であること以外には何ら逮捕の必要性も事前における司法審査も要件としておらないから、同法二一七条に規定する微罪以外における現行犯人の逮捕については、逮捕の必要性の有無を問題にする余地はないものと考えられるばかりでなく、仮に逮捕の必要性の有無が問われるとしても、その程度は通常逮捕における逮捕の必要性よりもはるかに寛やかに解すべきものである。

2  もつとも、交通法令の違反事件の捜査を行うに当つては、これを職責とする警察の内部訓示的規則として、犯罪捜査規範(昭和三二年国家公安委員会規則第二号)二一六条の規定が存在するが、同規範はあくまで内部指針でしかない。それ故交通違反の捜査に当つて、警察官は現行犯であつても一応任意捜査の原則に立つことを理念的には第一義とするが、被疑者がこれに協力せず、同捜査方法では事件処理が不可能と思われる特別の事情があれば、捜査の第一次責任を負うものとして現行犯逮捕をすべき責務を負うていると解するのが相当であり、かつ、本件における現場警察官は、その趣旨に立つて、先ず被疑者である被控訴人に免許証の提示を求め、さらに住所、氏名を尋ねるなど任意捜査への協力方を説得したのであるが、被控訴人は違反を否認するのみで何ら協力をしなかつたのであり、従つてそのままでは現行犯の事件処理が不可能になり、また、そのまま放置すれば将来所在不明になつたり、あるいは人定を困難にし、はたまた人定のために必要以上の捜査時間や手続を要することが予測される状況にあつたので現行犯逮捕したのであり、犯罪捜査規範二一六条の「特別の事情」が存在していたといえる。

3  たしかに、交通法令の違反は一般市民が日常生活と直結して経験し易く、かつ、形式犯であるが、今日のように自動車数の増加及び道路における車両の輻輳状況下では、その違反は決して軽微な罪質とはいえず、重大な交通事故が全てといつてよいほど交通法令違反に起因しており、特に本件のように、警報機が鳴つているにもかかわらず踏切内に進入する行為は大規模な列車事故を発生せしむる危険性の高い違反であり、決して軽微な罪質と見ることはできない。

4  本件においては、前記のとおり、現場警察官は被控訴人に対し運転免許証の提示を求めたのであるが、運転免許証を提示しない現行犯人であるタクシー運転手を逮捕する際、タクシー会社へ照会したり、タクシー内の乗務員証によつて人定事項の特定をなすことは適切ではない。すなわち、タクシー会社への照会は、迅速な処理を要する交通違反現行犯の処理としては必要以上の義務付けであるとともに、仮にタクシー会社に照会するとしても、電話等による照会であり、その回答のみをもつて違反者本人の特定に当てることは、極めて誤認性の高い不正確な方法といわなければならないし、タクシー内の乗務員証は、本件では掲示されていなかつたが、仮に掲示されていたとしても、それは私文書であるから、違反者本人が同乗務員証と自己との同一を認容しない限り、同証をもつて直ちにこれを人定の証拠にすることはできないうえに、警察官が勝手にタクシーのドアを開け、車中に乗り込んで同証を抜き取り、裏面にある記載事項を確認転記することが、はたして警察官職務執行法や刑事訴訟法上許容されるか否か、極めて疑問といわなければならない。

5  現行犯逮捕の必要性について、これを「逃亡または証拠隠滅のおそれがある場合」に限定することは法の解釈を誤つているが、仮に右要件の存否を本件について検討してみても、本件は同要件を充たしていたといえる。すなわち、逃亡の点については、被控訴人は、警察官が停止を命じたにもかかわらず一旦停止線を越えて本件交差点の中央寄りに停止したものであつて、これは、当初故意に警察官の停止を振り切ろうとしたが、その後停止して違反を否認しようとする方針で停止したことによつていると推認し得るし、その後も被控訴人は、エンジンをかけたまま運転席に着席して違反を否認し、運転免許証も提示せず、住所、氏名もいわずにいるのであるから、現実に逃亡する可能性は極めて高い状態にあるといえ、また、そのまま放置して後日出頭を求めたとしても、現行犯である違反でさえこれを否認して運転免許証も見せないのであるから、永久に出頭する可能性はなく、刑事責任を免れるべく所在不明になる可能性もある。また、証拠の隠滅の点についても、本件は現行犯で現認しているといつても一対一であり、放置すれば後日アリバイ等を形成して現場を通行していない旨主張したり、後続車の運転手等現認警察官以外の目撃者に働きかけて現認の証拠価値を減殺するなどの危険性もあるのである。

なお、本件は、決して反則告知の逮捕でもなければ、反則告知をすることが不可能になつた故の逮捕でもなく、法的には、現行犯人が反則行為の行政手続に従わないことによる捜査手続の過程における現行犯逮捕の必要性の問題である。

(被控訴人の主張)

控訴人の主張は全て争う。

三 証拠<省略>

理由

一当裁判所も、被控訴人の本訴請求は少なくとも原判決が認容した限度において正当としてこれを認容し、その余は失当として棄却すべきものと判断するものであるが、その理由は、次に付加するほかは、原判決認定説示と同一であるから、これを引用する。<加除訂正略>。

1  刑事訴訟法二一三条には、「現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。」と規定されており、現行犯人を令状なくして逮捕することを認めた理由は、その罪証が明白であつて無実の者を誤つて逮捕するという公権力の不法な行使ないし濫用のおそれがない、という点に求められている。そこで、本件において被控訴人の犯罪事実の明白性が存したか否かについて検討する。

原審証人赤星広吉は、被控訴人の違反行為の目撃状況について、被控訴人は警報機が二、三回鳴つたときスキット音をたてて急発進したものであつて、その様子は、前照燈が少し動いたこと、路面に斜めに設置されているキァッツアイの天井部分が後続車のライトに照らされて光つていたが、タイヤが通過した部分だけ黒くなつたので、本件タクシーがそこを通過したことが確認された旨証言する。

しかしながら、通常目撃者の証言が唯一の証拠となるような場合には、とりわけ、現認状況を補強するために実況見分調書を作成し、目撃者の証言の客観性を担保するものであるが、本件においては、右赤星証言を補強するための実況見分調書等が何ら存しないことに照らせば、右証言はたやすく措信できず、右証言から被控訴人が警報中踏切立入禁止違反の罪を犯したことを直ちに認めることはできない。

すなわち、まず、スキット音の確認の点については、<証拠>によれば、昭和五七年六月二七日本件現場において実施された実況見分によつて、警察官が赤星巡査の佇立していた地点(原判決添付別紙図面記載④の地点)において本件踏切の北側の地点(同①の地点)を急発進する車のスキット音が明確に聞こえたことが認められるが、右実況見分の際、踏切の警報機が鳴つていたか否か必ずしも明らかではなく、警報機が鳴つていた旨の記載が何らないうえに、警報機が鳴つている最中に①地点を急発進して踏切に立入ることは、控訴人の主張するとおり極めて危険であることからすれば、むしろ警報機が鳴つていない場合の実況見分と解さざるを得ず、結局赤星証言を補強する証拠がないこととなり、かえつて、<証拠>の記載に照らせば、本件タクシーの発進した位置と赤星巡査の目撃地点とは六五メートル余りも離れており、しかも本件踏切ばかりでなく赤星巡査の目撃地点の西方約一〇メートルの位置にある毛利橋踏切の警報機が鳴つている最中に、本件タクシーのスキット音を確認することは極めて困難であるといわなければならない。

また、本件タクシーがキャッツアイ上を通過した点についても、<証拠>の実況見分調書中には、前照燈の点燈によりキャッツアイは白く光り、車両発進の状態はライトの移動によりキャッツアイの光も消滅するので十分確認することができる旨記載されているが、赤星巡査が目撃した状況は、前記のとおり、キャッツアイが後続車両のライトによつて光つているのであるから、本件タクシーがキャッツアイ上を通過し、自車のヘッドライトの光が当らなくなつても、キャッツアイの光が消滅することはないから、右実況見分調書は赤星証言の補強とはならず、かえつて、<証拠>によれば、本件踏切北側に設置されているキャッツアイは、道路の中央部分に斜めに一一個設置されており、その間隔もかなりあることが認められ、右事実からすれば、本件タクシーの左側車輪がキャッツアイ上を通過したか否か必ずしも明らかではないが、仮に左右のタイヤがキャッツアイ上を通過したとしても、一一個のうち二個のみが、しかも別々の時期に黒くなるに過ぎず、しかもキャッツアイの手前には京阪電鉄の四本の線路が存在しライトの光に照らし出されて光つているのであるから、点燈された瞬間の前照燈の直下のキャッツアイの一つが黒くなることを、これらの光の中で確認することは極めて困難といわなければならない。

ところで、被控訴人が本件タクシーを踏切内に進入させたのが、警報機が鳴り出す前であつたか後であつたかによつて、犯罪の成否が決せられるところ、赤星証言ないし実況見分における赤星巡査の指示説明によつても、警報機は二、三回ないし四、五回鳴つたときに被控訴人が本件踏切に立入つたというのであつて、その時間はせいぜい二、三秒と解されるから、警報機の吹鳴と踏切立入との前後関係を判定するのは極めて微妙なことであつて元来踏切の近くでなされるべきであり、毛利橋踏切における取締りに当つていた警察官らが右踏切の直近に位置していたことに比すれば、赤星巡査の佇立していた地点において本件踏切における違反の取締りに従事することは不適切といわなければならない。

以上の事実によれば、赤星巡査が目撃地点から被控訴人の踏切通過時期を現認することは、不可能とまではいえないまでも、赤星巡査の証言する態様によつては、その確認が極めて困難であつて、被控訴人の犯した犯罪事実が明白であるとはいえない。

2  現行犯逮捕においても逮捕の必要性(逃亡または罪証隠滅のおそれ)が要件となるか否かについて検討するに、刑事訴訟法及び同規則には、逮捕の必要性を現行犯逮捕の要件とする旨の明文の規定が存しないことは、控訴人主張のとおりであるが、現行犯逮捕も人の身体の自由を拘束する強制処分であるから、その要件はできる限り厳格に解すべきであつて、通常逮捕の場合と同様、逮捕の必要性をその要件と解するのが相当である。

なるほど交通事件においては、同種事犯を大量かつ適正迅速に処理する必要があり、交通事犯の発生状況、その取締状況及び現場での取調べの現況などの特殊性があるほか、道路交通法においては運転者に対して運転免許証の携帯を義務付けてはいるが、他方、交通法令違反事件は、日常生活に直結する問題であり、かつ、その罪質も軽微であることが少なくないのであるから、逃亡その他特別の事情がある場合のほか、現行犯逮捕を行わないようにすべきであることは、犯罪捜査規範にも規定されているところである。そして、取締りの日時、場所、取締り対象の差異によつて交通事犯の発生状況及びその取締り状況が異なることは当然であるから常に同一になす必要はなく、比較的閑散な道路における取締りにおいて、違反者が逃亡や罪証を隠滅するなどの行為を何らなしておらず、単に警察官の指摘した違反事実を否認し、免許証の提示を拒否したことのみをもつて、住所、氏名を質すこともなく、他に人定事項の確認手段をとらないまま、直ちに現行犯として逮捕することは、逮捕の必要性の要件を充たしていないといわざるを得ない。

そこで、まず、本件における逃亡の点について検討するに、控訴人は、被控訴人は本件交差点に設けてある一時停止線の手前で停止せず、交差点中央付近まで進行してようやく停止したものであつて、一旦は逃走しようとしたばかりか、赤星巡査に停止を命じられた際エンジンを停止させることなくふかしたまま、違反事実を否認し、運転免許証の提示すら拒否していることは逃亡のおそれがあつた旨主張する。しかしながら、<証拠>によれば、赤星巡査は、当日本件交差点における一時停止違反の取締りにも従事していたことが認められるところ、被控訴人の運転する本件タクシーが一時停止線で停止することなく交差点の中央付近まで進行したとすれば、同交差点で取締りに当つていた赤星巡査は、直ちに被控訴人に対して一時停止違反の現行犯として反則告知できるにもかかわらず、何らその措置をとつていないばかりか、被控訴人に対してその旨の違反事実を述べていないこと、赤星巡査立会のもとに作成された実況見分調書(成立に争いのない乙第四号証)における本件タクシーの停車位置として赤星巡査が指示した位置と、原審及び当審における赤星巡査の供述する位置とはかなり異なつていることに照らせば、赤星巡査の証言は措信できず、仮に被控訴人が赤星巡査の佇立していた付近に運転席を近づけるために本件タクシーの前部が一時停止線を越えたとしても、被控訴人が警察官の停止を振切つて停止線を越えて進行したとは解せない。また、エンジンを停止させなかつた点については、通常運転手としては、仮令警察官に停止を命ぜられても、車外に出るとき以外はエンジンを停止させないものであつて、被控訴人がエンジンを停止させなかつたことをもつて被控訴人に逃走の意思があつたと推認することはできない。その他被控訴人が逃走を図つたとか、逃走する危険性があつたことを認めるに足りる証拠は何ら存しない。

また、控訴人は、罪証隠滅の点について、被控訴人が後続車の運転手や他の目撃者に働きかけるおそれがある旨主張する。しかしながら、<証拠>によれば、赤星巡査が被控訴人に停車を命じ、違反事実を告知したところ被控訴人はこれを否認し、原判決添付図面記載③の地点において赤星巡査と被控訴人が押問答をしている際、被控訴人の後続車両が赤星巡査の横を通過して行つたことが認められるが、自動車運転者が夜間たまたま踏切や交差点の手前で停止した際に、後続車の運転者が誰であるかを知ることは通常不可能であり、被控訴人が本件踏切の手前で停止した際の後続車の運転者が誰であるかを知つていることを認めるに足りる証拠はないから、被控訴人が後続車の運転者に働きかける可能性は存しないし、他に目撃者が存したことを認めるに足りる証拠はないから、被控訴人が罪証隠滅を図るおそれは認められない。そして赤星巡査としては、被控訴人が違反事実を否認しているのであるから、目撃者を確保し、証拠を確実なものとする義務が存し、しかも被控訴人の後続車両を停車させ、同車の運転者に被控訴人の違反行為の有無について尋ねることは極めて容易であるのに、これを怠つたものであつて、自らの捜査の懈怠を被疑者の逮捕で補うことは許されないといわなければならない。

3  ところで、赤星巡査及び新谷泰宏巡査部長が被控訴人に対し運転免許証の提示を求めたところ、これが拒否されたためにいきなり被控訴人を逮捕したこと及び赤星巡査らが被控訴人に対し、口頭でその住所、氏名等の陳述を求めたり、乗務員証の確認や京滋交通への照会をなさなかつたことは、その引用にかかる原判決の認定説示のとおりである。

控訴人は、本件タクシーには被控訴人の乗務員証は掲示されていなかつた旨主張する。しかしながら、<証拠>によれば、赤星巡査及び新谷巡査部長が京滋交通タクシーの乗務員証の掲示状況について調査したところ、京滋交通においては乗務員証を掲示する新型式の料金表示機が設置されている車と名札を掲示する旧型式のものとがあるが、それぞれのタクシーには乗務員証か名札のいずれかが掲示されていたこと、赤星巡査が被控訴人の乗務員証の掲示の有無について現場で確認した点について証言するところは転々としていて、いずれが真実であるか捕捉しがたく、かえつて、<証拠>によれば、本件タクシーは乗務員証を掲示する新型式の料金表示機が設置されており、被控訴人は同所に乗務員証を掲示していたが、その場所は空車を示すランプのため通常少し明るくなつていて、乗務員証の存在が容易に判明することが認められるほか、赤星巡査は懐中電燈として使用できる赤色停止燈を所持していたのであつて、運転席側ドアから乗務員証掲示場所までの距離はせいぜい一メートル位であるから、それを照らすことによつて容易に乗務員証の掲示状況を見ることができること、現行犯人逮捕手続書(成立に争いのない乙第九号証)には運転免許証に関する記載は存するものの乗務員証については何らの記載もないこと、赤星巡査や新谷巡査部長が被控訴人に対し乗務員証の掲示の有無等について尋ねたことを認めるに足りる証拠はないこと、<証拠>によれば、現場警察官としては、乗務員証からは直ちに人定ができないので、運転免許証の掲示がない限り逮捕も当然あり得ることが認められることからすれば、乗務員証は掲示されていたが、赤星巡査らは逮捕前には乗務員証の存否については余り気にかけておらず、乗務員証を確認しようとしたことはなく、それ故乗務員証によつて人定事項を確認しようとしたことはなかつたと認めるのが相当であつて、右認定に反する<証拠>は措信できない。

<証拠>によれば、赤星巡査が被控訴人に停車を命じてから被控訴人を逮捕するまでの間の問答はそれほど多くなく、その時間もせいぜい数分に過ぎないことが認められる。ところで、<証拠>によれば、通常運転免許証を所持していない運転者が違反した場合には、現場警察官としては違反者が運転免許証を取得している者であるか否かについて照会しているのであり、また運転免許証の提示はないが人定事項に答えたのであればタクシー会社等に照会することがあり得ることが認められ、右事実からすれば、いずれにしても事件処理には相当時間がかかることが推認され、本件の如く運転者が運転免許証を提示することを拒否した場合にだけ捜査に時間を要するものではない。<証拠>によれば、本件交差点付近は夜間比較的交通量が少なく、しかも京町通りは一方通行であつて被控訴人のタクシーを道路左側に停車させておいても直ちに交通の支障とはならないことが認められ、右事実からすれば、赤星巡査らが、乗務員証の確認やタクシー会社に対する照会はもとよりのこと、逃走を図る等の状況が何ら見受けられない被控訴人に対し、口頭による住所や氏名の陳述を求めないまま、運転免許証の提示を拒否したことだけでもつて、直ちに被控訴人を逮捕しなければ、反則告知はもとよりのこと、その後の司法処理が不可能になるとはいえないことは明らかである。

4 以上の事実によれば、本件現行犯逮捕においては、被控訴人の犯罪事実の明白性に極めて疑問があるほか、被控訴人には逃亡や罪証隠滅のおそれはなく、かつ、取締状況も即座に逮捕し処理しなければならないような状態ではなかつたのであるから、未だ逮捕の必要性は存しなかつたといわなければならない。

二そうであれば、原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民訴法三八四条、九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大野千里 裁判官田坂友男 裁判官島田清次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例